【広報・社内報デスク】by ONTHEDESK

広報クリエイティブの視点から考えるイケテル広報戦略のアイデアと表現

【第3回】逆転的キーワードの発見=広報表現の「コロンブスの卵」

【広報戦略TIPSシリーズ_003】広報クリエイティブの視点から考えるイケテル広報戦略のアイデアと表現

穴吹興産 広報誌「α」第77号 特集「THE SHAKKEI ~借景~」

穴吹興産 広報誌「α」第77号 特集「THE SHAKKEI ~借景~」(左:特集記事の一部/ 右:表紙)

マイナス要素をはらむ広報課題には、「事実」+「視点」が不可欠。

世界の3大映画祭の一つであるカンヌ国際映画祭の公式セレクションに、「ある視点」という部門があります。最近では日本からも黒沢清監督の「トウキョウソナタ」(審査員賞受賞)、河瀨直美監督の「あん」(オープニング作品)、そして今年(記事初出2017年時点)ジブリ作品の「レッドタートル ある島の物語」(特別賞受賞)が出品され話題となりました。
パルム・ドール(最高賞)を争うコンペティション部門とは別に並行して競われ、あらゆる種類のビジョンやスタイルを持つ「独自で特異な」作品群が多く世界から出品されますが、特徴として実際の「事実」を物語のベースとしつつ、それを「ある視点」から描くことで、「事実」の持つ別の「価値」を際立たせている作品が多くみられます。たとえば、河瀨直美監督の「あん」もその一つと言えるでしょう。(作品未見の方は是非DVDでご鑑賞ください!)
実はこの「事実」+「視点」という、現実の情報に対するアプローチの一手法が、広報課題の解決においても有効である、というのが今回のTIPSです。特にその広報の素材に何らかのマイナス要素が関係する場合は、この手法こそがその素材が持つ別の「価値」を逆転的に際立たせてくれるものとなります。どのようにでしょうか?

 

敷地中央に樹齢三百年の枝垂れ桜が立つ開発プロジェクトの広報

課題となった広報案件は、ある大手マンションデベロッパーが松江で取り組んでいたマンション開発プロジェクトでした。
敷地はかつての松江藩の家老屋敷跡地という、立地的にもステイタス的にも高級マンションプロジェクトにうってつけのものながら、一つ大きな問題がありました。敷地中央に樹齢三百年の枝垂れ桜が立っていたことです。
敷地の形状と桜の位置から建設上切り倒しは必須で、売主もそれを承知で売却したものの見事なその桜は地元民にこよなく愛されており、建設反対の声が上がる懸念もあって、結果プロジェクト遂行は暗礁に乗り上げるかに見えました。そこで最終的にプロジェクト責任者であるデベロッパーの松江支店長が決断したのは、難しいと言われる桜の敷地内移植です。
しかし桜は「生き物」と言われ、成功の可能性は未知数。特にこれだけの樹齢の巨大な枝垂れ桜の移植を行える植樹医を探すのも難航しましたが、この件が地元新聞で取り上げられるとデベロッパー側の姿勢が評価され、むしろ支援の輪が広がり、松江市も協力。ベテランの植樹医も見つかり、移植はその年の冬に決行されました。
広報案件としてこの話が舞い込んで来たのはこの時点です。弊社が長年担当してきた同社広報誌次号のメインコンテンツ候補にと。一見、広報素材としては企業努力が評価された理想的な情報のようでもありました。
しかし、同時に課題も見えていました。確かに切り倒さず移植するという難しい企業努力を払ったものの、それはやはり飽くまでこの敷地でのマンション建設を遂行するためであり、その報告の記事が読み手に自画自賛と映ることのない展開とするにはどうしたらいいか、ということです。
しかも、移植した桜が春に花開くかはこの段階ではまだわからない状態でした。

 

「借景」の発見。記事に社会性を生んだ「コロンブスの卵」的逆転の視点。

課題の解決は、ある「視点」の発見によってもたらされました。その「視点」とは、「借景(しゃっけい)」です。
「借景」とは、目の前に広がる近景、中景、遠景が構成する遠近感の美を、視覚上の、言わば心の眼のフレームに落とし込み、「一幅の絵画」として楽しむ風景の鑑賞技法のこと。「借景」の美は、奇しくも案件所在地である松江市のすぐ隣町・島根県安来市にあって、隅々まで完璧に設えられた見事な日本庭園により17年連続(2020年現在)で米誌「Journal of Japanese Gardening」のランキングで世界一に選ばれている足立美術館の創設者・足立全康(あだちぜんこう)氏が推奨し、生涯を通じて追い求めたものでした。
名門藩の家老の屋敷内にあって3世紀に渡り人々の目を楽しませて来た枝垂れ桜。それは、春の季節、家老屋敷の壮麗な瓦屋根と板塀に大きな枝振りを投げかけて咲き誇り、遠く近くから眺める人々にとって、見事な「借景」の美を映じていたに違いありません。
確かに、その桜を移植すること自体は、企業の開発プロジェクトがなければ必要なかったことかもしれません。しかし、既に屋敷はなく、今や放置された跡地にただ桜がぽつんと立つのみであったこの地が、周囲の閑静な環境に溶け込む低層の高級マンションと美しく整備された植栽の敷地が広がる居住区として再生し、その中央に全体の風景に穏やかな調和をもたらす桜の大樹が立つ景色は、まさに新たな「借景」の誕生でした。
この広報コンセプトが記事にもたらしたものは、社会性です。これにより足立美術館にも取材に全面協力して頂くことができ、また松江市都市景観課の担当者インタビューもスムーズに運びました。さらに嬉しいことに、リアルタイムで追いかけていた移植後の桜が広報誌入稿直前の三月末に開花。再び松江に飛んだカメラマンにより収められた、柔らかなピンクの三分咲きが枝全体に広がった枝垂れ桜の全景写真を特集巻末に掲載することができました。
記事は読者の大きな反響を呼びましたが、読者の共感を獲得することに成功した広報クリエイティブの手法は、「事実」の持つ別の価値に焦点を当てリフレーミングしてくれた「借景」というコロンブスの卵的「視点」だったと言えます。

※初出情報 本記事は2016年10月13日に「クリエイティブ経済誌 BTL (Business Timeline) 」に掲載されたものです。

www.onthedesk.jp